動きの錯視の公共空間への活用とその表現効果の検証

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科研費(基盤研究(C)「動きの錯視の公共空間への活用とその表現効果の検証」/2008年〜2010年

【研究概要および研究成果】


 眼球運動に伴う二次元上での動きの錯視の研究は視覚心理学の研究分野で進められているが、三次元上での動きの錯視の錯視の研究の理論的研究は難しい。またビジュアルコミュニケーションの表現手法として動きの錯視の表現効果を遠距離サインやストリートアートなど公共空間へ活用した事例はない。 このような研究背景のなか、本研究は先駆的研究の位置づけとして、公共空間へ活用することを目的に理論および制作の両側面からの研究を進めていった。本研究では以下の2つのテーマ設定のもと進めていった。一つ目のテーマは動きの錯視の遠距離表現への活用に関する研究である。道路上から見る一般的なサインでは交通事故に結びつく可能性があることが先行研究で確認されたため、見る側の対象を車道からの見る運転者ではなく電車等の乗客を対象にすることを前提に進めていくことになった。二つ目の研究テーマは動きの錯視効果を活用した「見て触って楽しむストリートアート」の制作的研究である。この研究は、主に動きの錯視を表現効果とする作品の公共空間への設置を想定した研究で、見て楽しみ触って楽しむことができるパブリックスペースにおけるストリートアートを目指した実験的研究である。研究では、横幅7mの大作「Motion-illusion09・R&B・01」を制作し、広くて高い天井高を有する美術館およびロビー等のオープン空間を一般のパブリックスペースと見立て、その条件を満たす2会場において作品を発表し、ビジュアルコミュニケーションの視点から検証をおこなった。それぞれのテーマの詳細と研究結果の概要は以下の通りである。

○テーマ1:動きの錯視の遠距離表現への活用に関する研究


 本研究は科研費補助のもとでの研究に着手する以前から行ってきたが、その際に行った第一回目の公開実験では、約3ヶ月間にわたる設置公開を通し様々な問題点と可能性を見つけることができた。大型サインとしての認識に加え動いて見えるという錯視の表現効果を特徴とする本研究は、凝視することでその効果が確認できるということである。それは言い換えると、一般のサインのように瞬時に認識させる目立つサインの要素とは異なり、一定時間を凝視させることで、その表現効果の面白さを気づかせる点で、見る人の条件が限られてくるという問題点があるということである。結論的に設置場所、見る側の対象を絞りこむ必要があることが見えてきた。この問題点は、凝視することで動いて見える錯視効果を特徴としているため、言い換えれば、脇見運転による交通事故を引き起こす可能性が問題となる点である。科研費補助のもとでの研究に着手しってからは、様々な角度から表現要素や条件等を検討した結果、見る側の対象を電車の乗客に絞ることで可能性が大きく広がることも見えてきた。そのタイムリーな流れとして九州新幹線の開通に目を向けた。この方向に基づき一般の電車への対応を視野に入れたユニークなサインを想定した最も効果的な表現要素の研究に照準を絞り、モデル実験による検証をおこない、以下の表現要素の適正値を割り出すことができた。

サイン表現に必要な表現要素:

  • 文字のタイプ:背景の縞パターンと視覚的に融合することで動きの錯視の表現効果が得られるため、縞幅のラインと並行する縦ラインの構成が可能なシンプルな直線的デジタル文字であること。そのため複雑な漢字や曲線文字のような仮名文字ではなくシンプルな形状のアルファベットが適している。例えば「SOJO」、「SONY」「CANON」の文字などである。駅周辺に設置を想定した場合は「WELCOME TO KUMAMOT」、「WELCOME TO TOKYO」などは効果的な文字構成となる。    

  • 板の形状:正面から見た時に文字が判別する形状でなければならないため、1枚板による構成

の場合、板の側面のエッジが地板の縞から浮かせるような配置が必要である。2枚の板による構成(V字による構成)は理想的である。

  • 縞幅:視点距離に応じた適正値を設置場所に応じ割り出す必要がある。理論式は前研究で導きだした理論式から視角の換算値で適正縞幅を割り出す(35〜45mm/視点距離が50m前後の場合)

  • 視点距離:距離に応じ縞幅のサイズが決定し、それに応じサインのサイズが決定する。そのため設置場所が離れすぎるとサインそのものが巨大化するため50〜35mを想定した位置が理想的である。(斜め45°からの視点距離および正面からの視点距離)

  • 視点移動速度:視点移動速度は速すぎると映画のコマ送り速度と同じように縞パターンが連続画像となり動きの錯視効果が得られなくなるため、視点距離が50m前後の場合の理想的な走行速度は約90km/hの時の設置場所を想定した適正値を求める必要がある(新幹線の場合、駅構内に差しかかる時点の走行速度が理想的である)

※上記の条件に合う設置場所が有効である。

○テーマ2:動きの錯視のストリートアートへの活用


 本研究は室内空間など近距離表現を中心とした動きの錯視の研究結果をもとに、特に適正縞幅等の理論値の応用として、ストリートアートなど公共空間を想定した制作的研究に反映させたものである。本研究では、公共空間における作品と鑑賞者との視覚、触覚を通したビジュアルコミュニケーションについて考察することを目的に「見て触って楽しむアート」をコンセプトとする2.1×7メートルの大型作品「Motion illusion 09・R&B」を制作した。制作した作品は、天井高が10mを超える東京都美術館の大展示空間および福岡アジア美術館のロビー展示場などのオープン空間に展示した。展示空間での観察を通し、公共空間のイメージに近い環境におけるビジュアルコミュニケーションについて考察をおこなった。

 作品の視覚的印象は漸変的に配列した無数のチップ板の構成によるウェーブを描く視覚的美しさである。中央のフレームを境に左右に配列したチップ板の傾斜を75度に設定してある。チップ板の個数は368個、左右総計736枚である。チップ板は作品構成上の重要な造形要素の一つで、動きの錯視の表現効果に影響する要素であると同時に、配列によってウェーブ状の視覚的美しさを演出する役割を持っている。もう一つの重要な表現要素が縞パターンである。本作品ではカッティングプロッタで作成した縞パターンをヘアライン加工したアルミニウムの地板パネルに貼付けている。このチップ板と縞パターンが錯視を引き起こす仕掛けとなる。また地板パネルは6板組みとし、6枚のパネルの接合部が判別できない構造とするため、左右それぞれに裏側からのジョイントで接合部している。全体の構成は6枚のパネルと左右両脇および中央のフレーム、上下のフレームによる部材構成となっている。

 本研究で活用した縞幅等の表現要素は、鑑賞者が近づいて触りながら動きの錯視の表現効果を楽しむ作品であることを重要視し、視点距離1〜2m前後における最も効果的な縞幅の視角からの換算値(近距離での最適値1.25㎜)の等間隔の縞幅を採用した。作品サイズは縦2.1m、横幅7mという大型作品であるが、前述したように室内空間であるこことに加え、鑑賞者が近づいて触りながら動きの錯視の表現効果を楽しむ作品であることにコンセプトを置いており、ストリートアートを想定した野外での鑑賞や触りながら楽しんでもらえる作品制作としての構造上の工夫も特長である。

 これまでの作品の鑑賞者の印象は、ドミノ倒しの視覚的イメージとリンクさせているため「触りたい」という欲求不満を残したまま帰る観客も少なくなかった。また構造上の観点からも壊れやすく危険な作品というイメージも定着していた。その意味でも補強用L字金具を裏側に取り付け、差し込むかたちで固定したことで「見て触って楽しむアート」をコンセプトとする作品の魅力へと大きく進化した。


  • 上記研究テーマの研究成果として発表した論文(4件)

【論文/国際】「Visual effects by motion illusion in public space」/2009アジア基礎造形連合学会チェジュ大会論文集/pp.200〜205  2009年8月

【報告論文】「カッティングプロッタを利用したオプティカルアート(2)」/日本基礎造形学会論文集・作品集「基礎造形019」(査読付)/pp.50〜51 /2011年3月

【報告論文】「見て触って楽しむストリートアート」/芸術工学会誌(刊行50号記念特別号)(査読なし)/p.90  2010年1月

【報告論文】「動くシンボルサイン「WELCOME TO KUMAMOTO」に向け」/芸術工学会誌(刊行50号記念特別号)(査読なし)/p.100  2010年1月


●上記研究テーマの研究成果として発表した作品(下記の代表作品を含む6件)

「motion-illusion 09・R&B・01」幅7.0m×高さ2.1m/第60回記念モダンアート展(企画部門)/東京都美術館、他/第59回モダンアート展図録p.118


※2008年度から2010年度までの科研費:直接経費/3,500,000円,  間接経費/1,050,000円, 総計:4,550,000円

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